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浜野佐知監督の熱い想いと、それに全身で応えた菜葉菜の『金子文子 何が私をこうさせたか』によって、1926年に、23歳で、天皇制国家への抵抗の意志を貫き通して、獄中で自死した金子文子が、スクリーンに蘇った。
無国籍者として生まれた金子文子は、9歳で朝鮮の祖母に引き取られたが、奴隷のようにこき使われ、自殺を考えるが思い直し、17歳で東京に出て苦学し、社会主義、無政府主義など思想的な模索を重ね、朴烈と運命的な出会いをする。朴烈が、朝鮮から爆弾を入手しようと試みた(実現せず)かどで、1926年3月、二人は「大逆罪」による死刑判決を受ける。
死刑判決を受けた文子は、万歳と叫ぶが、恩赦による無期懲役とする判決には怒って、減刑状をその場で破り捨てる。なぜか?
大逆罪による死刑判決は、天皇を頂点とする国家体制にとっての「敵」とされた証であるが、恩赦による減刑は、それを曖昧にし、彼女に改悛=転向を促すことになるからだ。
金子文子が刑務所に収容され、その支所長から、絶えず、改悛=転向を強いられることになる。映画は、その日々を描くが、彼女は、支所長に向かって、一歩も引かず、自説をぶつけ、転向を拒否する。その時の菜葉菜の表情が凛々しい。
その一方で、女性の教誨師には、心を開いて自身の思想遍歴を語るが、そこから、文子の魅力的な人間性が浮かび上がる。それは彼女に日常的に接する女性看守にも伝わり、また、刑務所内を自由に動き回る童女(咲耶)からは、「お姉さん」と慕われるようにもなる。このあたり、これまでも女性同士のの結びつきを描いてきた浜野監督らしい描写だが、それが、上下の権力関係に依拠する国家意志に従わせようとする男たちと明かな対照をなす。
人間はすべて平等という信念を貫き通した金子文子の存在は、百年後の現在も生きている。抑圧的な空気が漂う今、見るべき映画だ。 |
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