vol.28 これらを観ずして何を観る? 
成瀬巳喜男監督大特集

 

 

気張ったね、シネ・ヌーヴォ!
4月後半から6月初めにかけて2ヶ月にわたる、成瀬巳喜男大特集とは。 映画ファンたる者、仕事を投げ打ってでも、九条に駆けつけねば。時代遅れの万博なんざ屁でもない。実際、大阪に住んでいる人は羨ましいよ。今更ながら、東京暮らしの我が身が口惜しい。まず、サイレント時代の傑作『夜ごとの夢』をピアノ伴奏付きで観られるなんて、なんという贅沢。ついで、わたしの大好きな『二人妻 妻よ薔薇のやうに』から『噂の娘』、『女人哀愁』に『鶴八鶴次郎』など、1930年代の成瀬の傑作群が顔を揃えるのが、なんとも嬉しい!
成瀬が描く女性は、美しくて毅い。『女人哀愁』の入り江たか子然り、『鶴八鶴次郎』の山田五十鈴然り。戦前の、男中心の家制度が厳然と力を持っていた時代でありながらも、成瀬の女性たちは、みずからの意志をもって生きようとする。そんな成瀬監督をフェミニストと言ってしまうと強すぎるが、彼が、男社会において女性が受ける、言葉にならない苦衷を、しっかり視野に収めていたことは確かだろう。たとえば戦後の『めし』における原節子の描き方。倦怠期にさしかかった妻という役柄もあるが、ここでの原節子は、小津安二郎作品における彼女にはない生活臭や陰りを体現している。
それは、『夫婦』の杉葉子にも、『妻』の高峰三枝子にも共通する。 だが、家庭や家族の中の女性だけではない。『晩菊』の杉村春子が、かつて愛した上原謙が突然訪れたことに喜びながら、男の真意を知ったとたんに示す毅然たる姿を観よ。戦後の小津が、『風の中の牝鶏』以後、生活臭のない中流家庭の物語にシフトしたのとは違うのだ。ただ、そのような女性の描き方とは別に、成瀬作品における、サスペンスフルな乗り物にも注目してほしい。たとえば『乱れる』での汽車。加山雄三が高峰秀子に近づこうとするショットの積み重ね。それは『乱れ雲』の自動車のただならぬ走行にも通じている。 

 
 

上野 昻志(批評家・映画評論家)

 
 
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