恋の捕縄 『団栗と椎の実』『奈良には古き仏たち』と併映
◆縄抜けの得意な盗賊を、目明かしの妹が自分の色香で捕えようとしたが、盗賊は女嫌いで捕まらない…!? 清水が現代劇のように演出した時代劇で、斬新でモダンな感覚の新進気鋭の監督として注目。わずか2分とはいえ、2018年に神戸映画資料館で断片が発見された清水の現存最古となる貴重な作品。
※同時上映『団栗と椎の実』『奈良には古き仏たち』
◆小津安二郎が、溝口健二が、山中貞雄が「天才」と呼んだ男——清水宏。「僕や小津は努力の人だが、清水宏は天才である」と溝口健二をして言わしめた映画監督。日本映画の揺籃期から戦後の黄金期まで、約35年間で164本もの映画作品を撮った清水宏は、1924年に松竹で21歳の若さで監督昇進。戦前はモダンな感覚を持った新進気鋭の監督として、メロドラマや大作映画をはじめとする撮影所の量産体制を支え、同時に人物の演出やロケーション撮影などに先進的なリアリズムを導入。とりわけ子どもの自然な存在感を引き出す演出においては、同時代の世界の映画監督の中でも突出した才能を発揮。「ヌーヴェルヴァーグは、1950年代末のフランスではなく、1930年代の日本の清水宏によって始まっていた!」(上野昻志)と、その先進性は称賛されている。遙か戦前において、路上にキャメラと移動車さえ持ち出せば、映画はできることを証明してみせた独創的で世界でも屈指の映画監督だった。
◆戦後は一時映画界から退き、戦災孤児たちを引き取って共同生活を送るが、彼らと独立プロダクション「蜂の巣映画部」を設立して映画製作に復帰、『蜂の巣の子供たち』(1948年)は大きな社会的反響を呼んだ。「蜂の巣三部作」の後、新東宝・東宝・大映に呼ばれて児童映画や母もの映画なども多数監督。撮影所全盛期の監督でありながら、いち早く撮影所を飛び出した独立映画作家でもある清水宏。その映画世界は、1990年代から再評価が進み、自由な映画精神、独特の移動撮影と天衣無縫な演出が、新たな「発見」と感動で注目され続けている。当館では、2014年に清水生誕110年を祝って開催した特集上映(28本上映)に続き、今回没後60年を記念して前回を超える33作品を一挙上映。1925年の『恋の捕縄』(断片)から1959年の遺作『母のおもかげ』まで、貴重な国立映画アーカイブ作品も集めた、映画館では最大規模の特集上映となる。ぜひお楽しみください!

1903年3月28日、静岡県天竜川沿いの山村に生まれ、小学校は東京、旧制中学は浜松で学び、北海道大学農学部に入学するが1年で中退。映写技師などを経て、知り合いの栗島すみ子の口利きで、22年に松竹蒲田撮影所に入社。池田義信監督に助手として付くが、先輩の助監督に成瀬巳喜男がいた。翌年、小津安二郎が松竹に入社し、清水と小津は終生の親友となる。24年、『峠の彼方』で監督第1作。入社してわずか2年、当時においても異例の21歳という若さだった。同年、京都の松竹下加茂撮影所に移り時代劇も手掛ける。当時、下加茂に入社したばかりだった田中絹代が、清水の監督した『村の牧場』(24年)で主演デビューを果たす。田中絹代と恋に落ち、結婚しようとするが、城戸四郎撮影所長から「試験結婚」を勧められるが、わずか2年で破局。25年に蒲田に復帰し、若きメロドラマ作者として将来を嘱望された。作品歴においては、メロドラマのほか、流行した新聞小説の映画化、旅芸人や放浪者など旅する人々を描いた小さな物語、ペーソスのあるコメディなど多様な作品を量産して精力的に働いた。松竹一の早撮りの多作家となり、デビュー10年目にして既に100作品近くの映画を監督。30年代、親友の小津安二郎とともに、ソフィスティケーションされた松竹蒲田のモダニズムを担った。とりわけ『大学の若旦那』(33年)に始まる「若旦那シリーズ」で明朗な笑いを提供し、松竹現代劇の娯楽映画を代表する監督となる。◆都会の若者たちの商業映画を撮る一方で、早くから伊豆など自然のロケーションを好んで、独自のユーモアを含んだ写実的な映画を作り始める。本格的なトーキー時代となった36年、『有りがたうさん』を発表。伊豆の街道をバス1台で走りながら、全編ロケーションで撮影する手法は、「実写的精神」と呼ばれ、絶賛を浴びる。作為ではない、あるがままなものを好んだため、子どもや新人、大部屋俳優、素人を使い、極力セットを排して実景の中で演出を行う。この手法で、『風の中の子供』(37年)、『子供の四季』(39年)など傑作を手掛ける。39年、36歳で松竹大船の筆頭監督となる。ひなびた温泉宿の淡く美しい交流をエッセイのように撮った『簪』(41年)、『みかへりの塔』(41年)では大阪・修徳学院で長期ロケを行うなど、名実ともに日本映画の巨匠として活躍した。しかし、一方であまりにも強引な性格でスタッフの反発も招く。◆戦後は松竹を辞め、戦災孤児たちを引き取り育てながら、48年には「蜂の巣映画」を立ち上げ、戦災孤児たちを主人公に『蜂の巣の子供たち』(48年)を製作。戦後の独立プロの嚆矢と高い評価を受け、『その後の蜂の巣の子供たち』(51年)、『大佛さまと子供たち』(52年)の「蜂の巣3部作」に結実した。『しいのみ学園』(55年)の後、溝口健二に誘われ、大映と専属契約を結ぶ。大映では最後の劇映画となった『母のおもかげ』(59年)など母親と子どもの関係を描いた作品を手がけた。◆晩年は心臓病の養生をかねて、65年に京都市の北嵯峨に家を構えるが、66年6月23日、心臓麻痺のために急逝。大徳寺大光院の墓に埋葬され、分骨が故郷の天竜川に流された。墓石には名前も何も刻まれてはいない。手掛けた作品は全164本。小津安二郎は「清水のような映画は自分には撮れない」と語り、溝口健二は「僕や小津は努力型だが、清水は天才だ」と語る。また、年下の山中貞雄監督は畏敬の念をもって清水に接したという。いま最も再評価が進む映画監督である。
◆縄抜けの得意な盗賊を、目明かしの妹が自分の色香で捕えようとしたが、盗賊は女嫌いで捕まらない…!? 清水が現代劇のように演出した時代劇で、斬新でモダンな感覚の新進気鋭の監督として注目。わずか2分とはいえ、2018年に神戸映画資料館で断片が発見された清水の現存最古となる貴重な作品。
※同時上映『団栗と椎の実』『奈良には古き仏たち』
◆簡易保険局の委託による郵便年金制度の宣伝用短篇。就職難で職がなく、ある会社に入るも無理がたたって身体を壊し失職。東京での立身出世の夢が破れ、故郷の農村に帰った主人公を、母親が取っておいた郵便年金が救うもうひとつの「大学は出たけれど」。小津と比べ清水的とも言える朗らかな雰囲気がある。プラネット映画資料図書館所蔵の16mmポジからフィルムセンターが複製した作品。
◆松竹蒲田10本目、清水は初めてのオール・トーキー映画。北海道の炭坑町を舞台に、流れ者の女と炭鉱夫たちの恋のいざこざを描いた人情劇。主演の岡田嘉子とは初顔合わせ、若い酌婦役の千早晶子は、松竹下加茂で林長二郎とコンビを組み「下加茂のお嬢さん」の愛称で親しまれていた。歌を効果的に使用し、実際に冬の北海道でロケーション撮影が行われた。清水には珍しく室内シーンを多用している。
提供:国立映画アーカイブ
◆横浜を舞台にモダン都市文化を書きつづけた北林透馬の同名小説を映画化。自身敬虔なクリスチャンである及川道子、外国の血を引く井上雪子と江川宇礼雄と、西欧を意識させるキャストを配し、異国情緒溢れる恋愛劇を描く。港・酌婦・与太者・女学生など清水の好んだ題材で構成。被写体を正面からとらえる構図やオーバーラップによる省略技法など、清水の特徴的な文体が随所で光っている。
提供:国立映画アーカイブ◆大衆娯楽雑誌「キング」所載の久米正雄の小説を、同年に映画化。親友のために従妹の恋心を拒んだ男が、上京後思いがけず彼女と再会する。人気ダンサーから松竹にスカウトされた桑野通子のデビュー作で、主人公が東京で運転手として仕える代議士の娘役を演じている。映画化にあたって、芝居よりもリズムを心がけたといい、この頃から始まった山中貞雄らとの交流も刺激になったという。
◆川端康成原作をもとに、「有りがたうさん」と呼ばれるバス運転手を中心として、伊豆の山道を往復する乗合バスの乗客たちの姿を点描したユーモア溢れる傑作。町に身売りされようとする若い娘の話を基軸としながらも、酌婦や旅役者、朝鮮人労働者といった行き交う人々を、ドラマ性を排除して移りゆく風景の中にとらえていったロードムービー。清水の『若旦那・春爛漫』(35)でデビューした上原謙が初主演。
◆親友の小津安二郎や山中貞雄が出征していた37年、清水は軍事教練の行軍演習に励む学生たちと彼らを取り巻く人々の姿を描く。戦時体制にあって、何度も反復される軍歌の唱和と行進は、農民や女学生、後をついていく子どもたちと交錯するたび、その主題は横滑りし、転倒されていく…。大学陸上部の花形選手に佐野、ライバルに笠智衆が扮し、ロケの楽しさ溢れる清水スタイルの典型ともいうべき傑作。
◆児童文学者・坪田譲治の同名小説を映画化した清水の代表作。無実の罪で警察に逮捕された父(河村)と残された兄弟だが…。陰謀や打算に満ちた大人たちの世界に振り回されながらも、自分たちの関係を築いていく子どもたちの姿を清冽に描く。清水映画を象徴する子役・爆弾小僧(横山準)の天衣無縫の存在感! 1938年のヴェネチア国際映画祭に出品され、大好評を博した。
◆旅と温泉をことさら愛した清水映画の真骨頂、ここにあり! 目が見える人を追い抜くのを楽しむ按摩(徳大寺と日守)が、新緑の山あいの温泉場に泊まる。同じ宿に泊まった東京から来た女(高峰)に、按摩(日守)がほのかな恋心を抱くさまを描く清水のオリジナル・シナリオの名編。社会の周縁に位置する者たちの淡い出会いと別れを好んで取り上げる清水映画の中でも、極めつけの1本。洒脱で軽快でロマンチック!
提供:国立映画アーカイブ
◆当時人気絶頂だった吉屋信子の新聞小説を映画化。大学の親友のふたり(佐分利と上原)の結婚生活の行く末を、大船撮影所の第一線スターで映画化したメロドラマ。下宿先の恋人(三宅)を捨ててお金持ちの婿養子になった佐分利と、駆け落ちして女給(桑野)と結婚した上原。二人の対照的な結婚生活に波風が立つ様子を描いた女性映画の傑作。小津映画の名キャメラマン・厚田雄春が初参加している。
提供:国立映画アーカイブ
◆坪田譲治の同名長篇を映画化した二部作の前編。『風の中の子供』の続編にあたり、善太と三平の兄弟が主人公で、キャストも同じである。苦しい経営で病に伏せた父(河村)は、金貸しから借金するが…。農村の自然の中でたくましく育つ兄弟の姿を描く。台詞とアクションの反復という清水が得意とする語りの技法が、子どもたちのさまざまな遊びの場面で効果的に用いられている。
提供:国立映画アーカイブ
◆『子供の四季』の後編。父(河村)が病死し、母(吉川)と兄弟は敷布工場を営む祖父(坂本)のもとへ身を寄せた。そこに金貸しが強引に取り立てて…。兄弟が怪我をしている金貸しの息子(アメリカ小僧!)と仲良くたことから…。洋画系でシャーリー・テンプル主演の『ハイデイ』(アラン・ドワン監督)と上映されたという。なお、現存プリントは両作共にラストが欠落している。
◆原作は女性版「坊っちゃん」を想定して書かれた、獅子文六の大衆小説。私立女学校の体操教師として九州から上京した信子(高峰)が、持ち前の度胸と正義感で女生徒たちの信頼を得ていく姿を描く。清水ならではの移動撮影、おなじみのハイキング場面が楽しい。泥棒役の日守新一は、無声映画期から戦後の松竹以外の作品まで、清水映画に起用され続けた名脇役である。
◆大阪河内に今もある児童福祉施設「修徳学院」の三代学院長の熊野隆治の手記を小説家の豊島与志雄がまとめた原作を、清水がエピソードを実際に取材し映画化。学院のシンボルだった塔が「みかへりの塔」で現地でロケが行われた。教化のための共同生活を送る問題児たちの姿を描きながら、生き生きと動き回る子供たちが素晴らしい! その後の『蜂の巣の子どもたち』につながる重要な作品。
◆清水が長篇製作の合間に暇を見て撮影した愛すべき短篇子ども映画。物語は、都会育ちの気弱な男の子が、一人で木登りができたことにより腕白な子に変わるというシンプルなストーリーだが、ロングを中心にしたみずみずしいショットと編集のゆるやかなリズムにより、清水映画の魅力が存分に発揮されている。体型風貌が清水似の大山健二は清水の分身たるイメージとなる。
※同時上映『恋の捕縄』『奈良には古き仏たち』
◆当時、一躍人気作家となった石坂洋次郎の原作の映画化。東北秋田の小都市でバス車掌をしている明子(木暮)は、ゆくゆくは女運転手になるつもり。寡黙な運転手(佐分利)に運転を教わって…。『有りがたうさん』に続き、バスを舞台とした傑作ロードムービー。のんびりと自然び調和した画面の佇まいなど清水宏の本領発揮! 63年には宝塚で鈴木英夫監督、星由里子、宝田明コンビでリメイク。
◆井伏鱒二の短篇を映画化。『按摩と女』同様、温泉地での男女の短い出会いを描く。囲い者の惠美(田中)は、自分が落とした簪が傷病帰還兵・納村(笠)の足に刺さったと聞き、再び下部温泉に来て逗留し、納村の歩行練習を手伝う。戦中の作にもかかわらず、おおらかで心地よい笑いを誘う珠玉の傑作。2003年、東京フィルメックスで回顧上映され、新作も含んだ上映作品の中から見事観客賞を受賞している。
◆1945年に松竹を退社した清水が、戦災孤児たちを引き取り熱海の山中で育てながら、48年に蜂の巣映画を立ち上げ自主製作した戦後第1作。清水が共に暮らしていた戦災孤児たちを本人役で出演させ、下関から大阪の「みかえりの塔」まで、復員兵と8人の浮浪児たちが旅するロードムービー。公開後、社会的に大きな反響を呼び、その後2本の続篇が製作された。戦後の独立プロの嚆矢として小津らも絶賛!
提供:国立映画アーカイブ
◆『有りがたうさん』『暁の合唱』に続き、戦後もバスを舞台としたロードムービーを作っていた! 都会から故郷に戻った女と運転手の再開、戦争で片足を失った闇のかつぎ屋、目と耳が不自由な老人、戦災孤児など、山越えの路線バスに乗り合わせた人々の人生模様がオールロケーションで描かれる快作。「戦争のことは忘れよう」と繰り返す運転手など、苦しい戦後に明日に夢見て生きようとする人々に感動!
◆民謡「会津磐梯山」の主人公「小原庄助さん」をモデルに清水が翻案し、盟友であり批評家から脚本家に転進した岸松雄が初めて製作を務めた代表作。オール・ロケーションによる牧歌的風景の中にユーモラスに描く。農地改革で没落していく人のいい地主を、時代劇スター大河内傳次郎が、風流に生きる現代版の小原庄助像を好演。滅ぶことの豊かさなど、ユーモアとペーソスに満ちた傑作。
◆『小原庄助さん』に続いて岸と組んだ「母もの」映画。大映・三益愛子主演の『山猫令嬢』(48年、森一生)を嚆矢とする「母もの」映画は、父の権威が失われた戦後期を代表するジャンルの1つだが、戦後の清水映画においても盛んに採り上げられることになる。父親の違う三人の子を持つとし子は再出発のために、親類らに子供を預けることにするが、その旅路の中で母性愛に目覚め…。
◆『蜂の巣の子供たち』の3年ぶりの続篇。京都から伊豆に移り、山麓の農場で定着し、自給自足の共同生活を送っていた清水と子どもたちの暮らしぶりを映画化。農場で暮らす子供たちの日常を素朴なドキュメンタリータッチで描く。前作で社会的な注目を集めたことから、雑誌記者や女学生が押しかけたり、報道や取材によってかき乱された実際の彼らの生活が、リアルに描写されている。
提供:国立映画アーカイブ◆戦災孤児たちが出演する蜂の巣シリーズ最終作。前2作同様、映画史に類を見ない傑作!舞台は奈良・東大寺に移り、非公式の観光案内で生計を立てながら、戦地から帰らない父の消息をラジオ放送で探し続ける豊太の生きる姿を描く。奈良の仏像への清水の愛着が結実した作品で、戦災孤児たちの安らぎの場所として夢想される奈良の大仏さまは、希望と優しさに満ち溢れた奇跡のような体験!
◆尾崎一雄の「もぐら横丁」他いくつかの私小説短篇を、吉村公三郎と共同で脚色。当時の清水にとって久々のセット撮影中心の作品で、「もぐら横丁」と呼ばれる長屋界隈で、原作者夫婦がモデルの貧乏作家(佐野)と妻(島崎)が苦しいながらも微笑ましく暮らす姿を描く。同じ長屋に暮らす大学生・伴(和田)は檀一雄、夫婦を気遣う女流作家・早瀬(堀越)は林芙美子がモデル。また、尾崎士郎、壇、丹羽文雄が特別出演。
提供:国立映画アーカイブ◆東宝に招かれた清水宏が銀座の街を舞台に、迷子になった少女の母親を探すサンドイッチマン(池部)と靴磨きの娘(有馬)を点描する。サンドイッチマンを演じた池部良の人の好さも魅力的だが、東宝の日本劇場をはじめ銀座から有楽町にかけての街や建物が、清水の得意とする移動撮影やロングショットで捉えられ楽しい。当初のタイトルは「哀・愛・会」の意味を込めた「東京あいあいあい」だったとか。
◆清水は終戦をはさんだ数年間、奈良の寺を巡って仏像を見て歩く日々を送ったという。そんな仏像を愛した清水らしい文化財の保護を訴えた記録映画で、興福寺や東大寺の仏像・建築の特徴や由来がて語られ、階段を腹ばいで滑り落ちる子どものショットやゆるやかな前進移動撮影など、清水らしさは健在。2007年に広島で発見され、プラネット映画資料図書館に寄贈された16mmプリントからの複製。
※同時上映『恋の捕縄』『団栗と椎の実』
◆小児マヒの子どもたちのために学園を設立した山本三郎の手記を、『みかへりの塔』や「蜂の巣」三部作の清水宏が映画化。伊豆長岡でロケが行われ、学校のセットも現地に建てられた。入園前に酷薄な仕打ちを受けてきた子どもたちへの救済として、同名主題歌が学園内で繰り返し歌われる。実話に基づきつつ、巧みな演出により子供たちを爽やかに自然に描いた佳作。先生役の香川京子、当時11歳の河原崎健三も好演。
◆繰り返し映画化されてきた下村湖人の同名小説の第一部を中心に映画化。主人公・次郎の成長と、乳母お浜(望月)、実母お民(花井)、義母お芳(木暮)の3人の「母」との結びつきが描かれる。信州上田の別所温泉で民家を借りてロケーション撮影が行われ、田園風景のなかで人物を点景として捉えるショットや描き方に、清水らしさと職人的な手腕も光る佳作。
◆四国に少女の更生施設を開設した小説家・竹田敏彦の「少女の家」を映画化。容易に立ち直れない非行少女たちの群像を描き、『何が彼女をそうさせたか』(30年、鈴木重吉監督)からタイトルを引用した社会に訴える問題作。『しいのみ学園』に続く先生役に香川京子、池内、三ツ矢や新東宝若手女優が非行少女を演じる。更生施設の少女たちの、社会に疎外された悲しみと仲間いる喜びを痛切に描く。
◆溝口健二の誘いで大映と専属契約を結び、初めて三益愛子と組んだ「母もの」映画。朝日新聞でキャンペーン展開されていた戦災孤児の「親探し運動」を題材に、行方不明の息子を捜す母親が、記事を頼りに長野にある丘の養育院を訪れるが、息子は見つからずそのまま院で働くことになる…。清水の『みかえりの塔』『しいのみ学園』など、“施設もの”の一遍とも言える作品。
◆『王将』で知られる北条秀司が新国劇のために書き下ろした戯曲を、依田義賢が脚色。相愛の植物学者(上原)と女性(木暮)が、三年ごとの中秋の名月に信州の山小屋ですれ違いを繰り返す12年間を描くメロドラマ。山岳と霧に包まれた白樺の林などの上高地でのロケ撮影が、作品全体に湿った抒情を醸成する清水の演出力が光る名編。清水・上原コンビの戦後唯一の作品となった。
◆三益愛子の「母もの」30本記念映画で、最後の母もの映画となった。物語は三益の『母紅梅』(49年、小石栄一監督)のリメイクで役名も同じ。上流階級の生活になじめず、サーカス芸人に戻った母親の窮地を、娘が代役で空中ブランコに挑むが…。清水初の(大映)スコープ作品。前年に本名の柴田吾郎としてデビューした田宮二郎が、若手ブランコ乗り役で出演している。
◆水上バスの運転手(根上)とその息子の家に、新しい母(淡島)とその娘が来るが、亡き母を忘れられない少年は心を閉ざして…。繊細な少年と継母の粘り強い愛情にほだされながら、次第に成長していく様子を描く。前年に聖路加病院に入院した清水が、窓から見える隅田川の水上バスからヒントを得た隅田川河畔のロケ撮影が秀逸で、子供を描き続けた清水映画渡世の末尾を飾る遺作。
『港の日本娘』
4/25(土)12:35
5/6(水)15:40
5/9(土)12:00
『岐路に立ちて』
4/29(水)14:10
5/2(土)12:15
5/4(月)13:10
ピアノ演奏=鳥飼りょうさん(楽士)
4/25(土)14:20『家庭日記』上映後
ゲスト:木下千花さん(映画研究、京都大学教授)
5/3(日)13:00『小原庄助さん』上映後
ゲスト:藤井仁子さん(早稲田大学文学学術院教授)
5/10(日)15:45『風の中の子供』上映後
ゲスト:上野昂志さん(映画評論家)
5/11(月)11:30『花形選手』上映後
ゲスト:上野昂志さん(映画評論家)
国立映画アーカイブ(NFAJ)作品/生ピアノ演奏付き上映
一般1900円、シニア1600円、学生・会員1500円、ハンディキャップ1000円
※各種割引なし、招待券・回数券使用不可
一般1600円、シニア1300円、学生・会員1200円、ハンディキャップ1000円
一般5回券7000円、シニア5回券6000円、会員5回券5500円 (5回券は全ての作品にご使用いただけます。)
※5回券は複数人数で使用不可
※トークショー付きの回は招待券・回数券使用不可
※ご鑑賞の7日前から窓口とオンラインでチケットのご購入が可能です。ご鑑賞当日はオンライン予約の方は専用窓口で発券、当日券の方は窓口で指定席をお選びの上、開始時間の10〜15分前からご入場いただきます。
<全席指定席>となります。満席の際はご入場出来ませんので、ご了承下さい。
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