瀬川順一

1914年12月2日、岩手県一関に生まれる(やはりキャメラマンとして活躍した瀬川浩は、順一のいとこの子息にあたる)。1931年、松竹キネマ蒲田撮影所に入社し、現像部に所属。翌年、P.C.L.映画製作所へ移籍、1933年に現像部から撮影部に転属。同年の同社第一作『ほろよひ人生』を皮切りに、立花幹也や唐沢光弘らの撮影助手を務める。1936年、召集され満州で兵役につく。1938年に病を得て帰還し、東宝映画文化映画部へ復職した直後、『戦ふ兵隊』の撮影助手として中国に赴き、「ルーペ論争」の発端となる出来事に立ち会う。初めての撮影作品は1940年『貝塚』と言われるが、瀬川自身の証言によれば同年の『温泉の科学』が先だという。1941年に再び応召、戦地を渡り歩く。1945年復員後、東宝撮影所撮影部に所属。三船敏郎のデビュー作『銀嶺の果て』(1947)をはじめ劇映画に携わるも、ほどなく始まった東宝争議を中央委員として闘い、解雇されると、1950年にキヌタプロダクションの結成に加わる。1953年からはフリーキャメラマンとして、岩波映画製作所や古賀プロダクションなどで多くのPR映画の撮影を手がけ、『日本の鉄鋼』(1955)で日本映画技術協会・技術賞を受賞。『留学生チュアスイリン』(1965)で自主製作作品に加担して以降、インディペンデントな製作体制によるドキュメンタリーにも積極的に参加。羽仁進、勅使河原宏、伊勢長之助、土本典昭、柳澤壽男、松川八洲雄、羽田澄子、伊勢真一ら、戦後の日本記録映画史を形成した監督たちとの協働のなかで、多種多様な題材を卓抜な撮影術でフィルムに記録していった。1991年度日本映画テレビ技術協会・春木賞受賞。撮影作品は長短篇合わせ100本以上を数える。1995年10月5日、肺癌で逝去。12年に及んだ撮影を経て同年夏に封切られた『奈緒ちゃん』が遺作となった。1997年1月、瀬川その人にフォーカスをあてた『ルーペ』が公開。その際に組まれた小規模な特集プログラム以来、今回が初めての瀬川順一特集上映となる。

歿後30年記念特集上映
キャメラマン瀬川順一と日本ドキュメンタリー映画史

[主催]日本映画大回顧展上映実行委員会
[協力]シネ・ヌーヴォ、瀬川順一再訪プロジェクト

[上映協力・作品提供]国立映画アーカイブ、いせフィルム、彼方舎、記録映画保存センター、JCOM、シグロ、草月会、東宝、日本ドキュメントフィルム、プロダクション・バンブー、磯田充子、杉浦良、まつかわゆま、安井喜雄、瀬川龍

[プログラム監修]筒井武文
[企画]田中晋平、中村大吾
[企画協力]岡田秀則

キャメラマン瀬川順一(1914–1995)。世界のミフネを初めて映画に撮った男は、かつて『戦ふ兵隊』で遭遇した撮影の倫理を問う場面の記憶を携えつつ、戦後には多彩な監督(羽仁進、勅使河原宏、土本典昭、柳澤壽男、松川八洲雄、羽田澄子、伊勢真一…)と協働し、日本ドキュメンタリー史を卓抜な撮影術で支えてきた。
アテネ・フランセ文化センター(東京、2025年12月)に続くシネ・ヌーヴォでの上映では、さらに精選したプログラムに劇映画2作を追加。大阪ならではのトークも開催! 歿後30年、稀代のシネマトグラファーの技と創意をスクリーンの上に発見していただきたい。



▼上映へのメッセージ

鈴木達夫(キャメラマン)
 あらゆる対象の生きている姿を捉えようとした人。葉っぱの一枚でも、仏像でも、どうやったら生きていることを写せるか。幼い頃、岩手の山奥で経験したエキスが、表現の根底にある。私が助手についた『新しい鉄』では、キャメラをどんでんに返した。照明部は丸一日かけて、数十台の5キロ・ライトを逆側に配置し直した。瀬川さんは、鉄が生きていると思っている。何かを感じて、キャメラの位置を変えた。その何かはわからないが、キャメラの凄さを教えられ、俺にできるかなあと思った。しかし、撮り方によって生きている姿が見えることは、のちに私も体感する。映画を辞めようと思っていた私が、考えを改めたのは、この瀬川順一の映画に向かう姿を見たことが大きい。


芦澤明子(キャメラマン)
 当たり前のことだが、16ミリカメラならば11分ちょっとのフィルムしか詰められない。その中で、五感を澄まし、抜群の洞察力でチャンスをのがさない、瀬川順一キャメラマン。時に緊張感に満ち、時に優しいまなざしに溢れている。ドキュメンタリーを思考するもののみならず、フィクションを思考するものにとっても必見の上映!


筒井武文(映画監督・本特集プログラム監修)
「キャメラマンの映画史」への招待
 通常、映画は監督や脚本家、俳優の名前によって、記憶される。それが見える映像の映画史だ。だが、その映像を写している者がいる。キャメラマン瀬川順一は言う。「いないけど、いる」。彼は、キャメラをどこに置くかを生涯にわたって探求し続けた。ここに集められた作品群――ドキュメンタリーもあれば、劇映画もあり、いわゆるPR映画と言われるものも多い――をとおして見たとき、どう世界を肉体化していくかというキャメラの視点による映画史が現れてくる。
 キャメラ・ポジションの正確さを極めた例として、『新しい鉄』『新しい製鉄所』を挙げよう。戦後日本の発展の象徴として企画された作品の撮影が瀬川に委ねられる。40人以上の照明部を率い、最善のアングルと光を探究する。鉄が溶解し、新しい姿に生まれ変わる変化のなかに、美としか呼べないものが生まれる。そのキャメラ・アイが建築・彫像に向かうとどうなるか。『法隆寺』『アントニー・ガウディー』。現地に行っても、この美は見つからない。瀬川が発見し、映画として再創造した美であるからだ。
 一方、どうなるか予測不能な現実にも目を向ける。『留学生チュアスイリン』『夜明け前の子どもたち』『不安な質問』。そこでは、対象をどう撮るべきなのか、撮っていいのかとの迷いを克服していく過程が見えてくる。
 そしてその両系列の統合として、見えないものを見せる監督・撮影作『風』、劇映画『遠い一本の道』、ドキュメンタリー『水俣の図・物語』がある。
 『戦ふ兵隊』の撮影助手として、過酷な戦場を回った瀬川順一が見つめた戦後社会とは何だったのか。歿後30年、「キャメラマンの映画史」を発見されたし!


◉特記ない限りスタンダードサイズ [作品紹介執筆]田中晋平、中村大吾

 

上映作品

 

戦ふ兵隊

1939年|66分|白黒|35mm[16mm上映]
東宝映画文化映画部|監督・編集:亀井文夫|製作:松崎啓次|撮影:三木茂|現地録音:藤井慎一|音楽:古関裕而

◆亀井文夫が手掛けた『上海』『北京』に続く日中戦争の戦地報告映画であり、亀井本人は本作で初めて撮影現場に赴く。漢口攻略作戦に参加する兵士たちの記録だが、勇ましさからは掛け離れた、疲労困憊の姿を描いたがゆえ、厭戦的な作品と判断され上映不可に。現場で監督と撮影の三木茂との間で生じた出来事が後の「ルーペ論争」の契機となる。「世界十大傑作のうちの一つだ。未だ認められざる偉大な映画!」(A・ソクーロフ)。

©1947 TOHO CO., LTD.

銀嶺の果て

1947年|89分|白黒|35mm
東宝|監督:谷口千吉|製作:田中友幸|脚本:黒澤明|撮影:瀬川順一|音楽:伊福部昭|出演:三船敏郎、志村喬、若山セツ子、河野秋武、小杉義男、高堂国典

◆日本初の本格的山岳映画。谷口千吉長篇第一作にして三船敏郎のデビュー作。銀行強盗三人組が北アルプス山中へ逃げ込む。追っ手をかわす最中に雪崩に襲われながら、残った二人が辿り着いた山荘には、隠居と孫娘、登山家の青年がいた。逗留の日々を過ごすうち、仲間割れを起こす二人…。雪山の峻厳な景色を背景に、切り立つ斜面で繰り広げられるアクション。山の記録映画を後年いくつも手がける瀬川順一の撮影が、早くも冴えわたる。

©1949 TOHO CO., LTD.

ジャコ萬と鉄

1949年|91分|白黒|35mm
東宝、49年プロダクション|監督:谷口千吉|製作:田中友幸|原作:梶野悳三|脚本:黒澤明、谷口千吉|撮影:瀬川順一|音楽:伊福部昭|出演:三船敏郎、月形龍之介、浜田百合子、久我美子、進藤英太郎

◆出稼ぎ漁夫が集う北海道の漁村。ニシン漁の網元・久兵衛の元へ、彼に遺恨を抱える隻眼の男・ジャコ萬と、戦死したと思われた息子・鉄が現れる。反目する二人の傍で、漁夫らは横暴な網元への不満を募らせていた。鷹揚快活たる鉄と終始不敵なジャコ萬を三船・月形が好演。大自然に立ち向かう人々の姿は、監督の谷口も撮影の瀬川も感銘を受けたというフラハティ『アラン』を彷彿させる。のちに深作欣二が高倉健と丹波哲郎でリメイク。

 

新しい鉄

1956年|31分|カラー|35mm[デジタル上映]
岩波映画製作所|企画:八幡製鉄|脚本・演出:伊勢長之助|製作:吉野馨治|撮影:瀬川順一|音楽:間宮芳生

◆高度成長期の日本人の生活を支えた鉄製品は、いかに生産され、社会に広く行き渡っているか。山積みになった屑鉄が製鉄所に運ばれ、製錬を経て圧延機で薄鉄板に生まれ変わり、さらに工場で加工されて自動車、家具・家電、建築資材などの製品が出来上がるまでの、一連の過程を鮮やかに描く。うねりをあげて作動する巨大な機械や次々と飛び出す鉄板は圧巻の迫力。製作進行で参加した土本典昭が瀬川順一と初めて出会った作品でもある。

 

法隆寺

1958年|23分|カラー|35mm[デジタル上映]
岩波映画製作所|企画:文化財保護委員会|脚本・演出:羽仁進|製作:吉野馨治|撮影:瀬川順一|音楽:矢代秋雄

◆法隆寺の西円堂で毎年行われる鬼追式の賑わいから映画は幕を開ける。中門の左右に立つ仁王像を皮切りに、世界最古の木造建築とされる寺院の宝物たちを次々に映し出す。釈迦涅槃を囲む塑像群、玉虫厨子や壁画、そして、闇に浮かび上がる釈迦如来や百済観音などの顔のアップが、物言わぬまま観る者に語りかけてくる。瀬川が現地で選びとったアングルとキャメラワーク、巧みな照明によって切り取られ、再創造された法隆寺のイメージ。

 

新しい製鉄所

1959年|43分|カラー|
シネマスコープ|35mm *国立映画アーカイブ所蔵作品
岩波映画製作所|企画:川崎製鉄|脚本・構成:伊勢長之助|製作:吉野馨治|撮影:瀬川順一|音楽:池野成

◆東京タワーそびえる都心から東京湾を越え、千葉沿岸に新設された製鉄工場へと至る空撮で始まる本作は、伊勢の提案によりシネマスコープサイズで撮影された。ベルトコンベアで運ばれた鉱石が溶鉱炉で熱され、輝きを放って流れ出ていく。いくつもの工程を経て、ストリップ・ミルで品質の高い鉄板が生産される。鉄製品の紹介場面の最後には、前年運行が始まり、東京―大阪間の日帰りを可能にしたビジネス特急「こだま」が走り抜ける。

©1965藤プロダクション

留学生チュアスイリン

1965年|51分|白黒|16mm
藤プロダクション|企画:チュア君を守る会|演出:土本典昭|製作:工藤充|撮影:瀬川順一、瀬川浩、身内哲雄、黒柳満|音楽:三木稔

◆英領マラヤからの国費留学生に、同国独立をめぐる抗議活動に関与した廉で本国から帰国命令が下される。文部省が奨学金を打ち切ると大学も除籍処分に。復学要求運動を追うキャメラ。それに呼応するようにキャンパス中の学生たちが大学当局への抗議の輪に加わっていく。撮影直前に中止されたテレビ企画を自主製作映画として続行し完成。手隙のスタッフが現場に向かう遊撃的製作体制がとられ、撮影には4名が携わるがメインは瀬川順一。

 

夜明け前の子どもたち

1968年|116分|白黒|35mm[16mm上映]
国際短篇映画社|企画:財団法人大木会・心身障害者福祉問題綜合研究所|監督:柳澤壽男|脚本:秋浜悟史|撮影:瀬川順一|編集:高橋春子、加納宗子|音響構成:大野松雄、小杉武久|音楽:三木稔

◆重い心身の障害を抱えた児童たち、その医療と教育のため誕生した第二びわこ学園。瀬川たちスタッフは施設に泊まり、1年間にわたり療育の実践を記録した。日常の中で一人一人の障害児の特性を発見し、手探りで発達の糸口を拓いていく。野洲の河原で行われる「石運び学習」では、子供と大人たちが一緒になって療育の試行錯誤を繰り返す。撮影スタッフもその活動に巻き込まれ、皆が生成変化を遂げる。柳澤の福祉映画五部作の原点。

 

仕事=重サ×距離 三菱長崎造船所からのレポート

1971年|34分|カラー|16mm[デジタル上映]
日本リクルートセンター|企画:三菱重工業長崎造船所|脚本・演出:松川八洲雄|製作:江口昭彦|撮影:瀬川順一|音響デザイン:大野松雄、大橋鉄矢|朗読:岸田今日子

◆早朝の静かな港に、造船所へと出勤する男たちが現れる。鉄板を溶接し、部品を取り付け、巨大なクレーンも操る、そんな重労働に従事する人々の一日。タンカーを作り上げる若い労働者たちは、それぞれ夢を持ち、有り余るほどのエネルギーを抱えていた。瀬川のキャメラは、正面から一人一人の顔を撮り、彼らの仕事ぶりを讃えるように見つめる。その現場のイメージに重なる岸田今日子の詩的なナレーションも、作品に豊かな魅力を付与した。

 

風 The Wind

1977年|11分|カラー|35mm[デジタル上映]
シブイ・フィルム|企画:富士写真フイルム|脚本・演出・撮影:瀬川順一|製作:狩谷篤|音楽:原田甫|監修:松川八洲雄

◆富士フイルムが開発した35mmカラーネガフィルム「タイプ8517」の新製品デモンストレーションとして発表された、瀬川の演出作品。和太鼓のリズムが響くなか、揺れる樹々、打ち寄せる波、飜る大漁旗、風紋を残す砂丘、街を疾走するバイク等々のイメージを次々とつなぎ、目に見えぬ「風」をいかに見せるかにチャレンジしている。正面から撮られた農夫たちの顔も印象に残る。1997年の『ルーペ』公開時に併映作品として上映された。

 

遠い一本の道

1977年|112分|カラー|アメリカンビスタ|35mm *国立映画アーカイブ所蔵作品
左プロダクション、国鉄労働組合|企画・製作・監督:左幸子|脚本:宮本研|撮影:瀬川順一、黒柳満|照明:平田光治|編集:浦岡敬一|音楽:三木稔|出演:井川比佐志、左幸子、長塚京三、市毛良枝、殿山泰司

◆北海道・追分の国鉄保線員として勤続30年。SLもやがて消えゆく時代、機械化と合理化が導入されるなか、主人公が加わる労働組合も分裂を余儀なくされる。国鉄労組が映画製作に乗り出し、関心を深めていた女優左幸子が監督を務めることに。実際の職員の声や姿をドキュメンタリー的に取り入れつつ、妻たちの働きぶりも描きこみながら、映画は最後に一路、日本の「西の果て」、かつて炭鉱で栄えた島へと向かう。鉄道ファン必見。

 

不安な質問

1979年|85分|カラー・白黒|16mm[デジタル上映]
たまごの会・映画委員会|構成・演出:松川八洲雄|製作:松川義子、湯浅欽史、武田哲夫|撮影:瀬川順一|音楽:間宮芳生

◆都会暮らしの中で食の安全に疑念を抱いた人々が、自給を志して「たまごの会」を結成、茨城に農場を開く。その5年間の活動を内側から記録し、現代社会に問いを投げかけた映画。鶏や豚や牛を養い、稲と野菜を育てあげては、収穫物を郊外の団地に配送し、皆で食卓を囲み宴会で合唱する姿は希望に溢れている。瀬川は撮影の報酬として金銭ではなく、卵や野菜をもらった。食堂に飾られたブリューゲルの絵は瀬川が贈ったものだという。

©1980日本記録映画研究所 

海とお月さまたち

1980年|50分|カラー|35mm[16mm上映]
日本記録映画研究所|演出:土本典昭|製作:茂木正年ほか|撮影:瀬川順一、一ノ瀬正史、柳田義和、江原正雄|音楽:松村禎三

◆「水俣」シリーズを手がけた土本典昭による、不知火海を舞台にした児童向け記録映画。日ごとに形を変える月の下で営まれる、海の生態系と漁師たちの暮らし。疑似餌や錘を手づくりし、それらの仕掛けでタコやイカを獲りフグや鯛を仕留めていく名人たちの手際と、それを手伝う家族の連携作業のディテールが活写される。「子どものための映画詩」と土本が呼ぶ本作に「水俣病」の語は登場しない。水中シーンは水族館でも撮影された。

©1981青林舎 

水俣の図・物語

1981年|112分|カラー|35mm *国立映画アーカイブ所蔵作品
青林舎|演出:土本典昭|製作:高木隆太郎、若月治|撮影:瀬川順一、一之瀬正史|音楽:武満徹|詩:石牟礼道子

◆戦後に《原爆の図》連作を発表、南京大虐殺やアウシュヴィッツの絵も共同で描いた丸木位里・丸木俊。夫妻は1979年から《水俣の図》の制作に着手する。流々庵と呼ばれるアトリエで二人が大作を描く姿に、瀬川のキャメラが肉迫していく。完成し美術館に展示された巨大な絵画、その細部に描き込まれた水俣のイメージに、石牟礼道子の詩の朗読が重ねられる。胎児性患者の女性たちと丸木夫妻が、絵を媒介にして心を通わせる姿も忘れがたい。

 

早池峰の賦

1982年|184分|カラー|16mm
自由工房|演出:羽田澄子|製作:工藤充|撮影:西尾清、瀬川順一ほか|音楽監督:秋山邦晴

◆岩手県北上山地の主峰・早池峰山。その麓の集落、岳と大償では、中世まで遡るとされる山伏神楽の芸能が今なお伝承されている(2009年ユネスコ無形文化遺産登録)。近代化によって村の生活が変貌を遂げるなかでも、神々の暮らす山への信仰、伝統ある祭の文化を守り続ける人々。1965年に羽田が当地を初訪問した際に同行した近隣育ちの瀬川が、羽田念願の企画たる本作では山班として冬山シーンなどの撮影を担った(西尾が里班)。

©Sogetsu Foundation 

アントニー・ガウディー

1984年|72分|カラー|35mm
勅使河原プロダクション|製作・監督・編集:勅使河原宏|製作:野村紀子|撮影:瀬川順一、柳田義和、瀬川龍|音楽・音響:武満徹

◆集合住宅カサ・ミラ、グエル公園、未完成のサグラダ・ファミリア贖罪教会…。アントニー・ガウディーが遺し、今もバルセロナの街の景観をなす独創的な建築群。瀬川のキャメラは、生命体のように波打つ建物の曲線、装飾、空間の光と影に誘われ、動き続ける。建築家を生んだカタルーニャの歴史・文化も回顧され、奇岩が並ぶモンセラの風景も画面に現れる。ナレーションは用いず、カタルーニャ民謡を編曲した武満徹の音楽が響く。

©いせフィルム

奈緒ちゃん

1995年|98分|カラー|16mm[デジタル上映]
奈緒ちゃん映画製作委員会、デコ企画|演出:伊勢真一|製作:大槻秀子|撮影:瀬川順一、瀬川浩、柳田義和、瀬川龍ほか|編集:熱海鋼一|音響構成・音楽:木村勝英、伊藤幸毅

◆てんかんと知的障害を抱える少女・奈緒ちゃんは、お母さんとお父さん、弟の四人で暮らしている。支援学級に通い、地域の住民たちに見守られながら、ゆっくり成長を遂げる彼女。障害をもつ子の親同士の交流を通じて、やがて地域作業所「ぴぐれっと」を開所するお母さん。監督の姪である奈緒ちゃん一家のもとへ、家族ぐるみの付き合いだった瀬川順一をはじめ、スタッフたちが12年間通い続けた記録。本作公開2ヶ月後に瀬川は永眠。

©いせフィルム

ルーペ カメラマン瀬川順一の眼

1997年|90分|カラー|16mm[デジタル上映]
瀬川さんを記録する会|演出:伊勢真一|撮影:安井洋一郎、瀬川順一、瀬川龍、柳田義和|音楽:横内丙午|出演:瀬川順一、瀬川フミ

◆瀬川順一最後の2作『をどらばをどれ』『奈緒ちゃん』の監督を務めた伊勢真一が、両作の制作風景を交えながら、父・長之助の友人でもあった不世出のシネマトグラファーの軌跡を辿る。『戦ふ兵隊』ロケ現場で遭遇した一件をめぐって決定的な回顧を繰り返し語る瀬川。完成された映画に「いないけどいる」撮影者という領分への自負や、ドキュメンタリーへの傾倒をざっくばらんに話す姿も収められている。瀬川逝去後に完成・公開。

 

回想・瀬川順一 土本典昭、2003年3月13日

2025年|21分|カラー|16:9|デジタル
プロダクション・バンブー|監督:筒井武文|プロデューサー:武井登美|撮影:瀬川龍|編集:小林和貴|出演:土本典昭

◆仕事部屋の編集機を背に土本典昭が、多士済々たる岩波映画製作所を振り返りつつ、映画の何たるかを教わったという瀬川順一との交流を述懐する。話題は瀬川と協働した監督作に及び、『留学生チュアスイリン』の撮影への率直な評価や、『水俣の図・物語』を瀬川に依頼した所以も披瀝される。聞き手は監督の筒井、撮影は順一の子息・瀬川龍。来るべき鈴木達夫をめぐるドキュメンタリーの派生作品で、今回の特集上映に際して作られた。

イベント

1/31(土)11:50『ルーペ』『風』『回想・瀬川淳一』上映後トーク
筒井武文さん(映画監督、『自由なファンシィ』/本特集プログラム監修)
(聞き手=中村大吾)

 

1/31(土)17:05『戦ふ兵隊』上映後トーク
板倉善之さん(映画監督、『Ich war, ich bin, ich werde sein!』/特集カタログ寄稿)
佐藤零郎さん(映画監督、『月夜釜合戦』/特集カタログ寄稿)
(聞き手=田中晋平)

 

2/1(日)11:50『ジャコ萬と鉄』上映後トーク
筒井武文さん

 

2/4(水)14:10『遠い一本の道』上映後トーク
小田香さん(映画作家、『Underground アンダーグラウンド』)
(聞き手=田中晋平)

 

入場料金

当日券

一般1600円、シニア1300円、会員・学生1,200円、高校生以下・ハンディキャップ1000円

 

※ご鑑賞の7日前から窓口とオンラインでチケットのご購入が可能です。ご鑑賞当日はオンライン予約の方は専用窓口で発券、当日券の方は窓口で指定席をお選びの上、開始時間の10〜15分前からご入場いただきます。
<全席指定席>となります。満席の際はご入場出来ませんので、ご了承下さい。
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スケジュール

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