■小川紳介監督略歴
1936年6月25日生まれ。岩波映画を経て、66年に監督第一作『青年の海〜四人の通信教育生たち』を自主製作。翌年には『圧殺の森〜高崎経済大学闘争の記録』『現認報告書〜羽田闘争の記録』を相次いで発表し、自主制作・自主上映の方法を確立する。同年、千葉県成田市三里塚での新東京国際空港建設反対闘争の取材を開始。1968年に小川プロダクションを設立し、『日本解放戦線・三里塚の夏』を発表。以後、三里塚農民と生活を共にしながら、「三里塚」シリーズ7作を連作。1974年、小川プロのスタッフらと共に山形県上山市牧野に移住。合宿生活で農業をしながら映画制作を継続。1982年『ニッポン国古屋敷村』でベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞。1986年には最後の長編監督作となる『1000年刻みの日時計〜牧野村物語』を発表。その後、山形国際ドキュメンタリー映画祭の実現に奔走。1989年の第1回映画祭ではシンポジウム「アジアの映画作家は発言する」を開催し、アジアの映画人とのネットワークを構想するなど映画的活動を持続していくが、わずか3年後1992年2月7日死去、享年56。その作品は、今日も世界の各地で上映され、多くの映画人に影響を与えている。翻訳・共著に『小川紳介は語る〜あるドキュメンタリー監督の軌跡』(92年)、『映画を穫る〜ドキュメンタリーの至福を求めて』(93年)、『ある映画作家の旅〜ロバート・フラハティ物語』(94年)、『幻の小川紳介ノート〜1990年トリノ映画祭訪問記と最後の小川プロダクション』(2022年)などがある。
小川紳介監督 生誕90年 小川プロ〈三里塚〉全作品上映!!
◆60年代末〜70年代、激動の時代に、安保闘争・学園紛争、そして三里塚闘争と、闘う人々の姿を映画で記録し、「自主製作・自主上映」の方法で、当時、若者たちに大いなる影響を与え続けた小川紳介と小川プロダクション。
◆66年7月、成田市三里塚で新空港建設が突如閣議決定。それは広大な御料牧場があり戦後開拓した農地が多いことから与し易いと地元不在で安易に決定した暴挙だった。その1ヶ月後、「三里塚・芝山連合空港反対同盟」が結成され、四半世紀に及ぶ激しい反対運動が始まった。小川プロは67年冬より三里塚に入り、反対同盟の農民たちの「土」と生活を死守する闘いを描いていく。68年、第1作『日本解放戦線・三里塚の夏』を製作し、以来、現地で合宿しながら長期にわたり農民とともに「三里塚」シリーズ7作品を連作。1本映画が出来ると、フィルムをかついで全国を回る。全国の支援者とともに熱い高揚感の中でフィルムを上映。71年、シリーズ中の核ともいえる第4作『三里塚・第二砦の人々』、そして73年に傑作『三里塚・辺田部落』を製作。映画は、闘争から、闘いをせざるをえない農民自身の姿を描いてゆく。「土にこだわる農民の真の姿を撮るためには、自ら土にこだわらざるをえない」として、小川プロはその後三里塚を離れ、山形県上山市牧野に移住。自ら田畑を耕して共同生活をしながら映画製作を目指し、「三里塚」から「山形・牧野シリーズ」へと数々の名作を生み出してゆく。
◆79年12月末、シネ・ヌーヴォ前身の自主上映時代に、京都の今はなき名画座「京一会館」を借り切ってオールナイトで「三里塚」シリーズ全作品上映を開催。その後、小川プロと関係を深め、山形での集大成となった『1000年刻みの日時計〜牧野村物語』を97年に京都で「千年シアター」を建設し上映。その10年後の「シネ・ヌーヴォ」オープンの後も、2002年には小川監督没後10年を記念した全作品上映、さらに12年の没後20年、22年の没後30年と三度小川プロ全作品上映を行なってきた。そして、今年小川監督生誕90年を機に、小川プロ〈三里塚〉全作品上映を開催。おりしも、成田空港では第3滑走路建設を巡って、かつて死者まで出した「強制収用」が再び取り沙汰されている。反対運動から60年、空港開港から48年、そこには深い悲しみの歴史があった。何が変わって、いま日本社会はどう進んでいくか、大きな問いかけに満ちた小川紳介監督たちの遺産、ぜひ見ていただきたい!
上映作品
日本解放戦線・三里塚の夏
1968年/製作:小川プロダクション/白黒/108分/協力:三里塚・芝山連合空港反対同盟
監督:小川紳介/撮影:大津幸四郎、田村正毅/録音:久保田幸雄/ナレーション:和田周 [スタッフ]神公平、松本武顕、吉田司、大塚登、栗林豊彦、関沢孝子 [製作スタッフ]小林秀子、伏屋博雄、市山隆次、野坂治雄
◆1978年開港の成田国際空港は地元農民たちの抵抗を無視し国策で建設された。68年4月から7月、条件付き売却賛成の農家の土地立入り調査をする空港公団職員、護衛する機動隊と、阻止する農民・学生を、「映画班」として農民側についた小川プロ「三里塚」シリーズ第1作。撮影中の大津幸四郎カメラマンが不当逮捕された。「カメラの位置を、はっきりと闘っている農民の側におく、権力が弾圧を加え、機動隊が暴力の一撃を闘う農民に加えるならば、カメラはそれを正面から受けよう。そしてカメラを堂々と正面に出して農民の闘いの現場に参加していく」(小川)
日本解放戦線・三里塚
1970年/製作:小川プロダクション/カラー/141分/日本映画監督協会新人賞/協力:三里塚・芝山連合空港反対同盟
監督:小川紳介 撮影:田村正毅 音楽:真鍋理一郎 録音:久保田幸雄 [スタッフ]福田克彦、本間周輔、菊池信之、清水良雄、北井一夫、栗林豊彦、川島良子、浅沼幸一、吉野晃生、松本武顕、関沢孝子、富永潤 [製作スタッフ]小林秀子、野坂治雄、伏屋博雄、鈴木恒造、岩崎敬一、市山隆次、高崎啓子、飯塚俊男、湯本希生、他
◆1969年3月撮影を開始し、10月に「三里塚の冬」と題し上映を行う予定が完成に至らず、70年5月に完成。離脱者が出る中で、空港反対派農民に徐々におとずれる疑問・空虚感。官憲との衝突を繰り返しながらも、闘いは自己自身の内面へと向けられてゆく。「土」にこだわるなど、その後の小川プロの転回点が鮮やかに刻まれている。大津幸四郎が小川プロを去り、本作以降は田村正毅がメインカメラマンとなる。「三里塚シリーズ」では山形に行ってから撮った『三里塚・五月の空 里のかよい路』と本作だけがカラーである。本作で小川は日本映画監督協会新人賞を受賞。
三里塚・第三次強制測量阻止闘争
1970年/製作:小川プロダクション/白黒/50分/協力:三里塚・芝山連合空港反対同盟
監督:小川紳介 撮影:田村正毅 録音:浅沼幸一 [スタッフ]福田克彦、清水良雄、高橋辰雄
◆空港公団が、強制測量を約1週間にわたって行なうと発表したことにより、緊急に撮影・編集・上映された作品。自ら糞尿弾と化して測量を阻止せんとする農民たち。キャメラは文字どおり彼らに徹底的に伴走する。その抵抗の激しさに、公団は1週間の測量の予定を3日間で切り上げざるを得なくなった別名「三日戦争」の記録。闘争が激化し、緊急に撮影・編集・上映されたシネ・トラクト。本作のクレジットにはスタッフ名は一切入っていない。このスタッフ名は当時のスタッフから聞き起こしたもの(『三里塚・辺田部落』『三里塚・五月の空 里のかよい路』も同様)。
三里塚・第二砦の人々
1971年/製作:小川プロダクション/白黒/143分/協力:三里塚・芝山連合空港反対同盟/マンハイム映画祭スタンバーグ賞
監督:小川紳介 撮影:田村正毅 [スタッフ]福田克彦、湯本希生、清水良雄、原正、幡谷直子、浅沼幸一、高橋辰雄 [製作スタッフ]野坂治雄、伏屋博雄、本間周輔、見角貞利、奈良典昭、飯塚俊男、田處苗樹、岩崎清次、谷津英子、菊池信之
◆71年2月22日から1カ月行われた空港公団と機動隊よる第一次強制代執行に徹底抗戦する農民たちを始めて同時録音で記録。海外での評価も高いシリーズ第4作。地元農民に事前説明なく、新空港の建設用地を測量しようとし、さらには機動隊を引き連れ、強制収用を強行する国・公団。機動隊によって破壊される反対同盟のバリケード小屋、砦を築き農婦らは自らを鎖で縛りつけて後退を拒む。地下深く掘られた壕の中、ロウソクの灯の下で抵抗が続くシリーズ中の核。「代執行に反対して穴を掘っている農民は、とても科学的だ。人民の科学を映画にしたい」(小川)
三里塚・岩山に鉄塔が出来た
1972年/製作:小川プロダクション/白黒/85分/協力:三里塚・芝山連合空港反対同盟
監督:小川紳介 撮影:田村正毅 整音:浅沼幸一 [スタッフ]福田克彦、湯本希生、田處苗樹、岩崎清次、川上皓市、原正、白石洋子、中野千尋 [製作スタッフ]飯塚俊男、菊池信之、野坂治雄、伏屋博雄、本間周輔、見角貞利
◆71年2月の第一次強制代執行に続き、9月には第二次代執行が行われ、支援の学生たちが激しく抵抗。民家の小泉よねさん方も抜打ちで執行される。一方、東峰十字路事件が発生し警察官3人が死去したことから、にわかに風向きが変わっていく…。反対同盟は、密かに滑走路使用不能大作戦を計画。1972年2月、滑走路予定地に離着陸を阻止する鉄塔の建設を開始。農民側を支援すべく全国から集まったトビ職や学生たちの手により、滑走路南端にあたる岩山地区にみるみる60メートルの壮大な大鉄塔が築かれてゆく。地中から空中の闘いを記録。
三里塚・辺田部落
1973年/製作:小川プロダクション/白黒/146分/協力:三里塚・芝山連合空港反対同盟、辺田空港反対同盟
監督:小川紳介 撮影:田村正毅 録音:久保田幸雄 [スタッフ]福田克彦、湯本希生、岩崎清次、白石洋子、中野千尋、川上皓市、原正、浅沼幸一、高橋辰雄 [製作スタッフ]飯塚俊男、田處苗樹、野坂治雄、伏屋博雄、本間周輔、見角貞利
◆1971年9月の第二次代執行で機動隊に死者まで出た重苦しい雰囲気の中、10月に青年行動隊の三ノ宮文男さんが22歳の若さで自死。空港建設により文男さんが生まれ育ち小川プロ宿舎があった辺田部落に、警察官を死亡させた犯人捜査で私服が徘徊、一人二人と逮捕されていく…。映画は“闘い”から“闘いの中の日常”へ。固い団結を誇る辺田部落に住みついたキャメラは、歴史や人々の日常、農民の声を聞き撮りしてゆく。前作をはさんで製作され、「古屋敷」「牧野」へ移行する分水嶺となったシリーズ第6作。小川プロ三里塚シリーズの頂点を極めた記念碑的な作品。
三里塚・五月の空 里のかよい路
1977年/小川プロダクション/カラー/81分 監督:小川紳介 撮影:田村正毅 [スタッフ]福田克彦、原正、林鉄次、瓜生敏彦、川田弓子、白石洋子、渡辺孝明 [製作スタッフ]伏屋博雄、飯塚俊男、見角貞利、朝日節子、畑中広子 [協力]久保田幸雄、高橋辰雄 イラスト:石毛博道
◆1973年の『三里塚・辺田部落』の上映のため訪れた山形・上山の農民たちと意気投合し移住を勧められ、また「土にこだわる農民の真の姿を撮るためには、自ら土にこだわらざるをえない…」として、小川プロは74年に山形県上山市牧野に移住。田植えをし米作りを始め、自給自足の合宿生活で映画製作を始める。4年ぶりに三里塚へ “里帰り”した小川プロは、依然続く空港反対闘争とともに、農地を荒らす自然現象にもキャメラを向ける。撮影を始めて間もなく大鉄塔は倒され、そのままシリーズ最終作となる。倒された鉄塔の上を、五月の“赤風”が吹き過ぎる…。
イベント
6/20(土)10:00『日本解放戦線・三里塚の夏』上映後
ゲスト:景山理(シネ・ヌーヴォ代表、『幻の小川紳介ノート』編集)、田中晋平さん(神戸学院大学 准教授・映画研究)
6/21(日)12:45『三里塚・岩山に鉄塔が出来た』上映後
ゲスト:中村洸太さん(映像作家・映画研究)
入場料金
当日券
一般1600円、シニア1300円、会員・学生1,200円、高校生以下・ハンディキャップ1000円
回数券
一般3回券3900円、シニア3回券3300円、会員・学生3回券3000円
※ご鑑賞の7日前から窓口とオンラインでチケットのご購入が可能です。ご鑑賞当日はオンライン予約の方は専用窓口で発券、当日券の方は窓口で指定席をお選びの上、開始時間の10〜15分前からご入場いただきます。
<全席指定席>となります。満席の際はご入場出来ませんので、ご了承下さい。
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