黒い河
◆ボロアパートに越してきた学生と、やくざに犯された娘の巡り合わせの悪い恋。米軍基地に寄生する歓楽街を背景に、日本映画の新たな風景描写に正面から挑んだ群像作。やくざを演じた仲代達矢は一躍注目を集めた。世界一早かったヌーベルバーグ映画。

戦争を憎み、数々の傑作を描き続けた2人の巨匠小林正樹監督と岡本喜八監督。
共通するのは、軍隊での理不尽な体験と、戦友たちの無惨な死から絶対に戦争を繰り返してはいけないと数々の作品に刻み込んだ屈指の監督であったこと。
さらに、2人とも仲代達矢を主人公に、戦争を題材にした作品から時代劇、アクション映画など多彩な名作・傑作を発表。
2025年11月に亡くなった名優・仲代達矢さん出演作を中心に16作品一挙上映!!
戦争を憎み、数々の傑作を描き続けた2人の巨匠、小林正樹監督と岡本喜八監督。生誕110年・没後30年を迎える小林正樹監督は、1941年に松竹に入社、その翌年26歳で出征し『人間の條件』の舞台であるソ連国境の満洲ハルピンに配属。その後、南方へ移動し、宮古島で終戦。捕虜収容所に収容され、翌年復員。8歳若く生誕102年・没後21年の岡本喜八監督は戦争末期に大学を繰り上げ卒業させられたあげく1945年1月に21歳で陸軍士官候補生として徴兵され、特攻訓練の日々、多くの仲間たちの死を目の当たりにする惨状を経験。そのあまりに悲痛で地獄図のような戦争体験の中、そんな戦争を個人に課した国家への強い怒りとなり、2度と戦争を繰り返してはならないという二人の厚い信条となった。作風は、個人の意志の重さを描き続け、「完全主義者」といわれた強靱な映画世界を創った小林に対し、ナンセンスで奇想天外、また脱・日本映画風の軽妙さが魅力の岡本と、その個性の違いがまた映画ファンを魅了した。その異なる2人の数々の傑作に出演したのが、2025年11月に亡くなった俳優の仲代達矢。個性の異なる2人の巨匠に愛され、多彩な役柄を演じきった稀代の名優の作品を中心に、16作品を一挙上映する!!
◆ボロアパートに越してきた学生と、やくざに犯された娘の巡り合わせの悪い恋。米軍基地に寄生する歓楽街を背景に、日本映画の新たな風景描写に正面から挑んだ群像作。やくざを演じた仲代達矢は一躍注目を集めた。世界一早かったヌーベルバーグ映画。
◆実業家の遺産をめぐり入り乱れる欲望の果てに、いかにして弱者がすべてを握ったか。岸恵子のクールな美貌、ビッグバンドジャズを配した音楽、シンメトリックな美術など、瀟洒な装いが心憎い。音楽を手掛けた武満徹とは以後、小林の盟友となる。必見。
◆五味川純平のベストセラー小説を原作に、完結篇にあたる第5・6部まで、全9時間30分におよぶ巨大な戦争叙事詩として映画化し、小林の代表作となった未曽有の大作。その緒篇である本作は、徴兵免除を受け、新妻とともに満洲の鉱山の労務管理に赴任した梶が、植民地経営に人道主義を持ち込もうと苦闘する。
◆憲兵に反抗した梶は初年兵として厳寒の北満、関東軍に編入される。新兵に対する古参兵のしごきに耐え抜いた梶は、ソ満国境に配属され上等兵に昇進。一旦は前線を離れるが、再び前線に戻されて戦車壕を掘る梶らの前にソ連軍の戦車部隊がやってくる……。妻三千子との短い逢瀬が美しく切ない。
◆ソ連軍の攻撃に辛くも生き残った梶だったが、あてもなく彷徨ううちに、避難民たちと合流し、さらなる危険にさらされていく……。戦争の不条理を生き抜いた硬骨漢が直面する敗戦国民の惨状と、更なる不条理。梶を演じた仲代の代表作であり、3年以上の歳月を費やした9時間余に及ぶ大長篇の力作完結篇。
◆寛永7年の秋、井伊家上屋敷にある武士が現れ、切腹のために庭を拝借したいという。申し出を受けた家老は、春に同じ要件で来た男の無残な最期を話し始めるが…。小林が初めて手掛けた本格時代劇映画で、仲代の壮絶な名演、橋本忍による秀逸な脚本、宮島義勇による重厚な撮影、武満徹による斬新な音楽を得て、日本映画に残る傑作となった。
◆名作『切腹』『怪談』を経て三船敏郎に乞われて小林が監督した三船プロ第1回作。藩主の側妾を息子の嫁に迎えねばならなかった武士が、その嫁に再び藩主のお召しが下るに至り、昂然と叛逆する。武士の私邸を砦とした壮絶な攻防戦に、冷酷な権力の論理と個人の意志が激突する。ラスト、三船と中代の壮絶な果し合い!!
◆四方を堀割に囲まれた一軒の居酒屋を舞台に、世間からつまはじきにされた男たちの、たった一度の善意の成就に命をかける様が、重厚な演出で描かれた群像劇。翫右衛門、勝、仲代らの個性豊かな俳優たちの競演、一軒丸ごとオープンセットを建築した水谷浩の美術の見事さ、岡崎宏三の白黒撮影が冴える傑作。
◆1916年2月14日、北海道小樽市生まれ。美術史家の會津八一に感銘を受け、會津が教授の早稲田大学文学部哲学科に入学。41年卒業後、松竹大船撮影所に入所するも、翌42年1月応召し、4月満洲ハルピンに配属。44年に宮古島の守備隊に移り、終戦を迎えた。沖縄本島で労働要員として収容所生活を送ったのち、46年11月復員。この時期の過酷な体験が、彼の徹底した戦争反対の意思を露にした反骨の映画人生の根幹ともなっている。松竹に復職し、木下恵介に師事する。52年11月、中篇(SP)映画『息子の青春』で監督デビュー。翌53年には初長篇『まごころ』を発表。父の従妹にあたる田中絹代が特別出演。抒情的な作風で好評裡に迎えられるが、BC級戦犯を扱った次作の『壁あつき部屋』(56)が米国への配慮から3年間上映を見送られる。『黒い河』(57)で米軍基地に寄生する歓楽街を舞台にした群像劇という題材に挑み、新風を吹き込む。59年から61年にかけて超大作『人間の條件』全6部作を発表。大ヒットを記録し、一躍日本映画を代表する存在となる。以後、『切腹』(62)、『怪談』(64)、『上意討ち』(67)と野心作にして傑作の数々を連打。カンヌやヴェネチアの国際映画祭で連続受賞し、国際的な評価も決定づける。1971年5月、カンヌ国際映画祭25周年記念功労賞【世界十大監督の一人として】を受賞し、その完璧なまでの映画作りに「鋼鉄(はがね)の日本映画」と賞賛される。大作を手がけ続け「完全主義者」と評された小林は、日本映画界の凋落とともに苦闘を余儀なくされるが、テレビシリーズとして製作し映画に再構成するという手法をとった『化石』(75)、そして『壁あつき部屋』から30年を経て発表された大長篇記録映画『東京裁判』(83)で、巨匠健在を示す。1996年10月4日に80歳で死去。生涯監督作品は22本。遺作は1985年の『食卓のない家』だった。
◆岡本喜八の名を一躍知らしめたウエスタン調の痛快戦争活劇。終戦間近の北支戦線、 “独立愚連隊”と呼ばれる不敵な兵隊たちがいた。魅力溢れるキャラクター、ダイナミックなアクション、ユーモアも交え、戦争の愚劣さを胸のすくイキな演出で見せた痛快作。岡本喜八は戦争をこう描く! まさに、日本初の戦争娯楽アクション劇。
◆昭和20年の北支戦線を舞台に、八路軍の猛攻によって全滅した陣地の奪回を命じられた曹長と少年軍楽隊を描いた作品。前半のコミカルな展開と、ラストに訪れる壮絶な戦闘とが絶妙なコントラストを成す戦争映画の傑作。「聖者の行進」の音楽、少年たちの壮絶な戦い、最後の戦いの日は8月15日であったことなど、戦争への怒りが心に響く。
◆岡本喜八が宝塚映画撮影所で監督した唯一の作品。過去何度か映画化された中里介山の仏教思想の強い原作を、合理的な解釈で演出した意欲作。仲代達矢扮する机龍之助が、巡礼の亡霊に狂わされて新選組を斬りまくる大迫力。内藤洋子の清楚な美しさ、ラストの15分にも及ぶ凄まじい殺戮シーンは圧巻!
◆人口調節のため無駄な人間を殺すことを目的とした「大日本人口調節審議会」は、冴えない大学講師の信治(仲代)に次々に殺し屋をさしむけるが……。くせ者揃いの殺し屋たち、天本英世の怪演! 喜八タッチ、フル回転のサスペンスコメディ。「会社創立以来の不入り」となるも名画座では大人気、時代より10年早かった伝説のカルトムービー!
◆山本周五郎作「砦山の十七日」が原案の痛快時代劇。江戸末期、暴力と非道が支配する上州の城下町、ぶらり現れたふたりの男(仲代と高橋)が、権力者対若手武士の対立という藩政改革に巻き込まれ……。敵か味方か凄い奴ふたり! 斬って斬って斬りまくる喜八エンターテインメントの真骨頂にして大傑作!!
◆終戦当時、陸軍士官候補生だった岡本喜八が、自費で作り上げた執念の1千万円映画。昭和20年、盛夏。学徒兵の“あいつ”は日本が降伏したことを知らずに、魚雷を括りつけたドラム缶の中で海上待機しながら、様々なことを思い出していた……。おかしくもかなしい痛烈な戦争批判エンタテインメントにして代表作!
◆座頭市・勝新太郎と用心棒・三船敏郎が世紀の対決をする映画ファン興奮の話題作。勝が構えた、三船が抜いた。ついに実現した地上最大のチャンバラ! 「座頭市」シリーズ最大のヒットとなるも、実は三船はタイトルに「用心棒」の名前が使われるとは知らず、後で吊るし上げを喰ったと噂の痛快時代劇!
◆1972年5月15日の沖縄返還の前年に公開された大ヒット作。昭和20年4月1日、20万の米軍が沖縄上陸。史上最大・最後の激戦は展開された…。沖縄戦における10万の軍人と15万の民間人の運命を描いた壮大な戦争スペクタクル。本土の防波堤とされた沖縄戦を痛恨の思いで映画化。庵野秀明や樋口真嗣も何回も見た渾身の傑作。
◆1924年2月17日、鳥取県米子市生まれ。43年に明治大学専門部商科を戦時繰り上げで2年半で卒業。ジョン・フォードの『駅馬車』に影響され、東宝に入社するが、翌年に軍事工場に戦時徴用。その後、徴兵され、愛知・豊橋の陸軍予備士官学校に入る。このとき爆撃で地獄絵のような惨状を経験、多くの仲間たちの死を目の当たりにし、戦争に対する大きな憤りを抱く。敗戦後に復帰し、谷口千吉(『銀嶺の果て』『暁の脱走』)、成瀬巳喜男(『めし』『浮雲』)などにつき、マキノ雅弘「次郎長三国志」シリーズではチーフ助監督を務める。58年『結婚のすべて』で監督デビュー。テンポの早さ、切れ良い描写で注目され、3作目にして正月作品『暗黒街の顔役』(59)を撮る。同年、西部劇風戦争アクション『独立愚連隊』が大ヒット。戦争映画の痛烈なパロディとして高い評価を受けたが、一部から「好戦映画」との意に反した批判に、続編の『独立愚連隊西へ』(60)では誰も死なない不思議な戦争映画を発表。軍楽隊を題材にした戦争映画の傑作『血と砂』(65)、カルト映画の傑作『殺人狂時代』(67)など、その後も多彩な娯楽作を量産して才能を発揮。ユーモア溢れるストーリー、軽快なテンポ、独創的なカメラワークなどの個性は、“喜八タッチ”と呼ばれ、多くのファンを魅了した。67年には東宝創立35周年の超大作『日本のいちばん長い日』を発表。終戦に至る緊迫した一昼夜をドキュメンタリー・タッチで描くが、これは戦争指導部、権力側からの「8.15」だったのに対し、庶民の側からの「8.15」としてATG提携の自主映画『肉弾』(68)を製作。一貫して戦争にこだわり続けた。74年に喜八プロダクションを設立し、『ジャズ大名』(86)や『大誘拐』(91)など質の高い娯楽作品を作り続ける。2005年2月19日に81歳で逝去。生涯監督作品は39本。遺作は2002年の『助太刀屋助六』だった。
シネ・ヌーヴォでは、2025年7月26日から9月12日の7週間にわたって戦後80年を記念し「決定版!日本の戦争映画史」を開催いたしました。合計40本の作品を上映しましたが、数多くの戦争映画を撮った小林正樹監督作品は『壁あつき部屋』(56)1本のみ、岡本喜八監督作品にいたってはプリントの都合で全く上映できませんでした。しかし、俳優の仲代達矢さんの死去(11月8日)を機に、お二人の監督の作品に数多く出演された仲代さんの出演作を中心に、戦争映画はもとより代表作を上映することにいたしました。この機会にぜひ名作の数々をご覧いただきたいと思います。

◆日本を代表する名優。生まれた時には日中戦争の最中で、第二次大戦の敗戦を13歳で迎える。「すべてが焼け焦げ、がれきと死体の街を疑心暗鬼の庶民がさまよう。そんな世界が私の幼少期でした」と語った仲代さん。反戦の思いと、平和な未来に人材をつなごうと、数多くの映画に出演しながら「無名塾」を主宰。小林正樹、岡本喜八、黒澤明、成瀬巳喜男ら名だたる監督に愛された名優であるとともに、数々の戦争映画に出演した俳優だった。
「生誕101年 小林正樹映画祭」を開催し、『人間の條件』全六部を上映した際に、仲代達矢さんが当館にご来館。2017年7月11日と12日の2日間にわたり9時間30分すべてをご鑑賞いただきました。サプライズで舞台挨拶もしていただき、「フィルムで上映されたこの機会に、もう一度映画を見ておきたかった」とご挨拶。映画のラスト、凍傷寸前の凄まじいシーンなどお話下さいました。ありがとうございました。
(2017年7月11日、シネ・ヌーヴォにて)
2/16(月)17:10『人間の條件 完結篇(第五部・第六部)』上映後トーク
ゲスト:春日太一さん(映画史研究家)
一般1600円、シニア1300円、会員・学生1200円、高校生以下・ハンディキャップ1000円
一般3回券4200円、シニア3回券3600円、会員3回券3300円
※ご鑑賞の7日前から窓口とオンラインでチケットのご購入が可能です。ご鑑賞当日はオンライン予約の方は専用窓口で発券、当日券の方は窓口で指定席をお選びの上、開始時間の10〜15分前からご入場いただきます。
<全席指定席>となります。満席の際はご入場出来ませんので、ご了承下さい。
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