足立正生の宇宙

 

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今井正監督足立正生 略歴
1939年福岡県生まれ。日大在学中に撮った『鎖陰』が一躍話題となり若くして注目をあびる。そして、当時既に低予算のピンク映画を、エロスと暴力とアートに昇華した斬新な手法で時代の寵児となっていた若松孝二監督率いる若松プロの門を叩き、『血は太陽より赤い』(若松孝二監督、1966)で初助監督を務める。以降、大和屋竺らと共に若松プロ作品の多くの脚本を手がけ(『胎児が密猟する時』『狂走情死考』『ゆけゆけ二度目の処女』等多数)、60年代後半の全共闘運動の大きなうねりの中で、革命的な映画を次ぎ次と世に生み出していく。その大胆かつ政治的で明晰な思考は若松孝二にも大きな影響を与えた。
 足立正生は監督としても『銀河系』(1967)、『性遊戯』(1968)、『女学生ゲリラ』(1969)などを作り、1971年には若松孝二と共にパレスチナを訪れ『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』を撮る。そして、赤軍の主張に共鳴した足立は1974年にパレスチナに渡航し重信房子らと共に日本赤軍を結成する。映画の革命を起こした足立正生は、日本を去り、世界を舞台とした革命に身を投じることになった。
 それ以降、日本映画界において足立正生の名前は伝説としてのみ語られる存在となった(同時に政治的には過激派として国際手配を受ける人物でもあった)。しかし、冷戦体制崩壊後の世界情勢の変化により足立氏は、2000年3月日本へ強制送還され、翌年刑期を終えた。。

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